知識はないけれど、感覚でずっと走ってきた
私はランニング歴こそ長いものの、驚くほどランニングに関する知識がありません。ペース配分?フォーム?補給?──恥ずかしながら、正直、深く考えたことがないのです。
ランニング初心者の方に「どうやったら速く走れるの?」「長い距離を走るにはどうしたらいい?」と聞かれても、的確なアドバイスなんてできません。理屈によらず、ただただ感覚に頼って、走ってきました。
おかげさまで毎日走っているのは事実ですが、そこに練習計画もなければ、記録を細かくチェックしているわけでもありません。
自分でもなぜ走っているのか、ふと考えることがあります。でも、結局のところ理由はシンプル。「自分の機嫌をとるため」──きっと、それがすべてです。
走ることは“心のスイッチ”
走っている間は、特に何も考えていません。走り終えたらパッと頭が切り替わって、また別のやりたいことに気持ちが向かっていく。本も読みたいし楽器も触りたい。
だから、ランニングが生活のすべてではないけれど、生活の一部として確かに存在している。
私はなによりも「心の安定」をとても大切にしています。日々の小さなこと、ちょっとした言葉や出来事で心が揺れてしまう。そんなとき、私にとって最も効果的な「心を整える方法」が、ランニングなのです。
走ることで、気分がすっと心が軽くなる。余計なことを考えなくなり、前を向ける。そういう、自分のための時間が、私にはどうしても必要なのです。
気づけば力がつき、気づけばまた走っている
そんなふうに走っていると、いつの間にか脚力がついて、マラソンに出れば意外と好記録が出る。そして人から「すごいね」と言われれば、やっぱり嬉しい。気分が上がる。だからまた走る。めちゃくちゃ単純です。
そんなポジティブなサイクルが、自然と生まれていることに気づきます。
だから私にとって、ランニングの出発点はいつも「気分よく過ごすために走る」こと。それ以上でも、それ以下でもありません。
その思いがあるから、わざわざ走る時に自分を追い込むことをしないのでしょうね。(そこが記録更新において成長を妨げているのも事実‥)
桜が咲いて、散って、季節が変わる頃、なんとなく心がゆれる。そんなとき、私は意識的に、自分の機嫌をとりに行きます。
そしてその手段が、今日もまた走ることなのです。
おしまい≡⊂( ^-^)⊃♫