1カ月前に、「丸坊主であること」を手放した私。
おや、なんだかお風呂あがり、髪がすぐには乾かなくなってきたぞ。
これはだいぶ伸びてきたかも。
ねぇ、もう僕ボウズじゃないよね。
いや、まだぜんぜんボウズだし。当社比じゃない?w
あら、そうなの?
まだ1カ月そこらでは、丸坊主は返上できていないようです。
この間、一度散髪に行ってきました。
全体の髪の長さが同じでぼさぼさするのが気になり、約二年ぶりに理容師さんにアタマをお任せすることにしたのです。
これからボウズを元に戻そうと思うんです。
理容師さんにそう伝えて、短い髪をさっと整えてもらうと、なんという清々しさ!
ここまで二年間バリカンでセルフカットしてきたため、人に整えてもらう心地よさが倍増しました。
これは、良い、気持ち良い。
これからも定期的に散髪をしよう。プロにお任せしよう。
時間がかかっても良い、コストがかかっても良い。
素直にそう思えたのです。
久しぶりに散髪に行ってみることは私にとってある意味、確認のような作業でした。
もし人にカットしていただいて、「なんだかちがうな?」と思ったら、またセルフカットに戻るつもりでした。
ところが、思った以上に外で散髪することが気持ちのリセットにつながる、ということが分かったので、やはりそこに戻らないことに決めました。
このように、自分の中でミニマリズムを突き詰める中、ひとつの意思表示でもあった坊主頭を手放そうと思ってから、心境に変化があったのです。
一度手放したモノ・コトが、ある時、また戻ってくるなんてことがある。
それを、自分でちゃんと受け止めようと思うのです。
私のようなインフルエンサーでもないゆるミニマリストは、この道を行ったり来たりしても良いんです。
昨日までNoだったことが、今日はYesになるかもしれない。
居心地が良い体勢を、ごろごろ転がって探すような、そんな毎日を送っているような気がします。
そして最近思うんです。
人としての営みを味わいたい。
髪が伸びたから、散髪しに行く。
こんな当たり前なことでも、それだけで今を生きている実感が湧いてくるというか。
これからきっと髪は白髪が増えるだろうし、抜けてくるでしょう。
自分の老いに気づくと、ちょっと寂しくなってしまうかもしれません。
ですが、そういった感情もその時々で味わっていきたいなと思うのです。
って、私、変なこと言ってますか?
うーん、今日は言いたいことがうまく表現できないなぁ。。。(毎度のこと?)
そうそう、もう一度言葉にしてみよう。
人としての営みを味わいたい。
その中には、たしかに無駄なモノ、余計なコトがあるかもしれない。
もちろん、いたずらに何かを増やすことは、ミニマリズムを指針としているうちはないと思いますが、より大枠でモノゴトをとらえるようになってきたというか。
一度手放したモノを取りに戻っても別に良いんだよ、と自分に言い聞かせたりしています。
おー、だいぶ自分に優しくなったな、丸くなったな、私(笑)
と、自分で自分をほめたところで、またこの中途半端な髪をすこしずつ育てていこうと思うのです。
ワタクシ天然パーマだから、伸ばしすぎたらウッネウネするので、そんなに長くしませんけどね(笑)
おしまい≡⊂( ^-^)⊃♫
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