ネタが尽きないのは、妻のおかげかもしれません
以前の私は、毎朝パソコンの前に座って、「さて今日は何を書こうかな」と考えるのが日課でした。ぼんやりした頭でコーヒーをすすることもしばしば。気分によっては、「もう今日はスキップしていいかな…」と弱気になることもあったんです。
最近はAIに手伝ってもらって、文章を整えるのがちょっとした日課になりました。この文章もそうですよ。ですが、どんなに便利でも「ネタ」は自分で生み出さなければならない。書きたいことがないと、AIもどうしようもないですから。
そんなある日、今年の年明けだったでしょうか。ふと思いついたのです。「あれ?思いついたネタ、もっとストックしておけばよくない?」って。ええ、今さらです。
でもそのおかげで、私のスマホのメモ帳は、いまやネタの宝庫。誰が得するかわからないけど、noteの下書き一覧を並べてみると、けっこうにぎやかでして。



妻のひとことが、毎日じわじわ効いてくる
よくよく見返してみると、ネタの大半が「妻由来」だったんです。朝起きて最初の一言、寝ぼけた顔、突然の名言(本人は無意識)。そのすべてが私の心をざわつかせ、「これは…書ける!」と反応してしまいます。
だから【妻が言っていた】という記事を書くようになったんですよね。なるべくしてなったというか、ごく自然な流れだったのでしょう。
そんな彼女の言動にアンテナを張って観察する(失礼)と、目からウロコと感じることが、なんと多いことか。
そのたびに私はそそくさとスマホを取り出して、タイトルだけでもメモしておくのです。「妻が上段蹴りの練習をはじめた」「金曜日の夜は踊り出す」などなど。
あとは記憶を反芻しながら、じっくりと記事に仕上げていく。それが今の私の執筆スタイルです。
推しが家にいる幸せを、私は知っている
気づいてしまいました。「これ、全部、妻のおかげでは?」と。
彼女の存在があるから、私は日々ネタに困らないし、文章を書くことを楽しめているのです。書いているうちに、思わず笑ってしまう。その笑いのタネをくれているのが、他でもない妻なのです。
いまでは「妻とのやりとりだけで、一冊の本が書けるかも」と本気で考えています。もしかしたらベストセラーになる…かもしれません(※希望的観測)。
でも何より、そんなふうに思わせてくれる彼女の存在が、私にとっては一番の財産です。
さて、今朝もきっと寝室の戸がゆっくり開いて、テンション激低の妻が「おはよう…」と登場するでしょう。私は「おはよう(^○^)」と迎えます。そして思うのです。「あ、今のも、ネタにできるな」と。
次回は、どの下書きを清書しようかな…。
(※彼女のプライバシーに配慮しつつ、万が一ご本人に見られても良いような内容にすること!)
おしまい≡⊂( ^-^)⊃♫