【マラソン】告白します。実は知らない、わからない、マラソンのこと

ここから全然ネガティブな話をするつもりもありませんが、どうでも良い話です。

こうやって「マラソンが趣味」だと発信していると、よく私が「マラソンが詳しい」と勘違いされるのですが、あえて言っておきましょう。

私はマラソンについて、マラソンを走らない人より知らないことが多い!

ランニングが好きな人にはこんな人もいる、ということです。

目次

スポーツ観戦する習慣がない

私にはテレビで放送されるマラソンや駅伝の中継を見る習慣がありません。

もっというと、テレビやネットの中の選手を応援するという習慣がない。

これはマラソンに限らず、野球やサッカーなど他のスポーツもしかり。

周りで盛り上がる「どのチームが勝った、負けた」、という一喜一憂の話にはいつもついていけません。

箱根駅伝も見ないのでよくわかりません。

時には「日本が勝った・負けた」、という話題にも入れないので、ある意味非国民なのかもしれません。

つまり、元来スポーツ観戦をする習慣がない、ということなのです。

それがなぜか?ふと考えてみました。

  • アマチュアの自分とプロのレベルが違いすぎて身近に感じられない
  • 自分でコントロールできないことに興味がわかない
  • 長時間じっとテレビを見たりネットで情報を追うのが疲れる

こんなかんじでしょうか。

興味の問題

私がマラソンの中継を見ない一番の理由は端的に「興味がわかない」のだと思います。

言い方が悪いかもしれませんし、語弊があれば申し訳ないのですが、私はそもそも他人の走りに興味がわかない、人間なのです。

もう正直に言っちゃいますね。これは間違いありません。

ただしこれは、「身近な知り合いのランナーさんをのぞく」、と注釈をいれさせてください。

自分の知っている方が頑張っている姿は、もれなく応援したいしチャレンジする姿勢は尊いと思っています。

これは同じレースを走っているランナーさんにも同じ感覚を覚えます。すれちがう方には「ナイスラン」とお声かけしますしね。

ところが、どうもテレビやネットの向こうにいる自分の知らない方の走りには興味がわいてきません。

こんなことを公共の場で発信するのもいかがなものかとも思いますが、誤解をおそれず言ってみました。

自分の可能性への興味

こうやって他人への興味がうすい自分って、なんなんだろう?

と考えると、答えは「興味の比重」にあるということにいたります。

つまり、他人に興味がない代わりに自分自身に興味がある、ということ。

私はどちらかというと自分があれこれやりたいことがあり、その過程で自分の成長を感じる快感を重視しているところがあります。

マラソンで目標を達成できた、資格試験に合格した、楽器の演奏ができるようになった、そういった体験をわき目もふらず積み重ねていきたい。

そんなことばかり考えているので、「誰がどうし」ということに関心が向きにくいと言えます。

これは今始まったことではないので、もう私という個の気質ともいうべき部分かもしれません。

だから、「人がどうこう」という情報がなかなかはいってこないのです。

だからどうした

ここまで読んでいただいてみなさんが感じること。

そうです。「だからどうした」なのです。

マラソンを趣味としていても、私のようにマラソンのある分野について詳しくない人もいます。

気をつかってお声かけいただく方をがっかりさせることがあれば、すみません。

しかしスポーツの楽しみ方はひとそれぞれです。

特に大人になってからはその楽しみ方は自由自在です。

もちろん、プレイヤーでなく、あえてオーディエンス側を選ぶ方もいるでしょう。

大会のボランティアとして支えたいという方も素晴らしい選択だと思います。

私は私、みなさんはみなさんでそれぞれにスポーツを楽しみましょう。

新たな楽しみ方のヒントがこのブログのどこかに転がっていれば、幸いです。

おしまい

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