気づけば“あちら側”の年齢に
新年度が始まって、私の職場にも多くの新人さんが入ってきました。若さというまぶしい光が、きらきらまぶしすぎる!!そんな方々と話していて、ふと気づくのです。
「ああ、もう自分とは20歳も離れてるんだな」と。
43歳のワタシ。自分が新卒だった頃、40代の先輩といえば“先輩”というより“おじさん”。共通の話題もないし、正直どう接していいかもわからない存在でした。
そして今、気づけば自分がその“おじさん”の立場になっているのです。光陰矢の如し、「いつの間にか」と考えることもなくここまできました。
現場で若い人たちは、私に何を話せばいいのか分からず戸惑っているかもしれません。そして私もまた、年齢に関係なく人と話すのが得意ではありません。おじさんだけどシャイボーイ。(かわいくもなんともないのですが)
そんなお互いの距離感が、いっしょの空間にいるとちょっとした緊張感を生むんですよね。ここ数年、毎年春になると、そんな思いがふとよぎります。
おじさんの処世術とは
そんな私にも、ふたつだけ決めていることがあります。それは、「自分の昔話を武勇伝みたいに語らない」こと。そして「最近の若いやつは…」なんて口にしないこと。
若い頃にさんざんそんなことを言われてきたからこそ、自分は同じことをぜったいに繰り返したくないのです。
かといって、目立ちたくて前に出るのも違うし、サボって存在を消すのも違う。じゃあ、どう振る舞えばいいのか?
そう考えたときに頭に浮かんできたのが、「陰日向に咲くおじさん」という生き方です。助けを求められたら快く手を差し伸べ、若い人がチャレンジしたいという時には、そっと見守る。たったそれだけのシンプルな方針。
そしてもし彼らが失敗したとしても、「あとはワタシに任せなさい(^〜^)」と、ドンと構える。そんな存在になれたらいいなと思っています。
年を重ねた人にとっては当たり前かもしれませんが、周りを見渡してみると、意外とそんなおじさん、少なくないですか?
興味を持つこと、それが第一歩
そしてもうひとつ、大切にしたいことがあります。
それは、若い人たちの「好きなこと」に関心を持つこと。無理に媚びたり、若者文化に迎合する必要はないと思うのですが。
若手の方々がどんなものに夢中になり、どんなことに心を動かされているのか?そこに目を向けるだけでも、少しずつ心の距離が縮まっていく気がようなします。
「わからないから話せない」ではなく、「わからないから知ってみよう」。そんなスタンスでいたい。そして、目立たずとも、誰かの陰で支えられる存在でいたい。
うん、やはり私は「陰日向に咲くおじさん」になりたいのです。
おしまい≡⊂( ^-^)⊃♫