※2023年6月6日の記事を加筆修正
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Sさんとの出会いと英語レッスンの始まり
今思い返すと、不思議な体験だったと思います。あれは、ちょうど7年ほど前のことでした。
仕事を通じて知り合ったSさん。彼は年齢不詳で、40代か50代くらいに見えましたが、背が高くスキンヘッドで、ひとなつっこく、よくしゃべる理屈っぽい人でした。
少し変わったところがあり、マイカーも自転車も持たず、どこへ行くにも走っていました。買い物に行くときもランニング姿で、リュックにネギを背負っていたのが印象的でした。
ある日、Sさんが長年海外で生活しており、英語が堪能だという話を耳にしました。当時、私は独学で英語を勉強していたものの、なかなか上達せずに悩んでいました。そんなとき、ふとした流れでSさんに英語の個人レッスンをお願いすることになりました。
レッスンの場所はSさんが住む賃貸マンションの一室でした。「他にも若い女性の生徒さんがいる」と聞かされましたが、正直に言って半信半疑でした。
Sさんの英語の実力も知らないまま、わらにもすがる思いで、初回のレッスンに向かったのを覚えています。
予想外のレッスン内容とフォニックスとの出会い
「お邪魔しま~す」と部屋に入ると、そこは薄暗く、照明がぼんやりと灯っているだけでした。わざとなのか、偶然なのかはわかりませんでしたが、私たちおじさん二人には、なんとも妙な雰囲気でした。
レッスンが始まると、Sさんは何かについて熱弁をふるい始めました。正直、何を話していたのかはあまり覚えていません。ただ、とにかくよくしゃべる人だったという印象だけが残っています。
肝心のレッスン内容はというと、予想していたものはまったく違いました。世間一般でいう英語のレッスン、というかんじではありません。
毎回渡される、プリント。それには短い詩(歌詞?)が書かれており、それをひとつひとつなぞることから始まりました。そして、詩に出てくる単語を細かく分解し、フォニックスのルールを確認していくというものでした。
フォニックスとは、英語の綴りと発音の規則を学ぶ方法のひとつで、特に英語圏の子どもたちや外国人が正しく発音を習得するために使われます。例えば、「発音 /k/ は c, k, ck のどれかで書かれる」といったルールを学び、それらを組み合わせて新しい単語を正しく発音する練習をします。
当時、私は英検準一級の勉強をしていましたが、まさかここにきてアルファベットの「a」「b」「c」などの音を一つひとつ確認することになるとは思ってもいませんでした。
1回のレッスンで学ぶフォニックスは数個だけ。期待していた文法や長文読解、英会話のレッスンは一切ありませんでした。
「え? これが英語の勉強?」と思いながらも、私は月に2回、Sさんのもとへ通い続けました。
フォニックスの効果とSさんの謎
毎回のレッスンは、アルファベットを書いたり、発音したり、紙に書いたりの繰り返しでした。文法も長文読解も会話もありません。ただただひたすらフォニックスの練習。
そしてレッスンの合間には、Sさんが手作りの食事を振る舞ってくれました。パスタやカッサータ(イタリアのアイスケーキ)など、どれも絶品でした。食材にもこだわっており、すべてが手作り。実は当時、この食事が楽しみで通っていたのかもしれません。
ですが、何か月か通ったところで、私は嫌気がさしてしまいました。当時の私は忍耐も人間性も未熟だったため、「この地道な作業、いつまで続くんだろう?」と焦りを感じ、結局レッスンをやめることにしました。やめるときもSさんは特に引き止めることもなく、あっさりとしたものでした。
そして、しばらく経つと、Sさんは突然マンションから姿を消してしまいました。なにかの理由で退去したのです。
「あの人は、いったい何者だったのだろう?」私にとっては、きつねにつままれたような、不思議な感覚でした。
その後、私は諦め半分で受験した英検準一級にすんなり合格。そして気づいたのです。「あれ? 以前よりリスニングパートができるようになっている……?」
たしかにそれまで雑音だった英語のニュース番組を聞いても、単語がひとつひとつクリアに聞こえるようになっていました。え、なにこれ‥?その新しい感覚に自分でも驚きました。これが、いわゆる「ブレイクスルー」というものなのか。
そう、あのフォニックスの練習のおかげで、知らないうちにリスニングの基礎が確実に鍛えられていたのです。もしかすると、Sさんのレッスンは、私の英語学習にとって実はとても大切なものだったのかもしれません。
そしておかげさまで、それから数年経った今では、英語を使って外国籍のお客様と仕事をさせていただいています。
もしまたSさんに会ったなら、あの時の無礼を謝りたい。
「フォニックスを教えてくれて、本当にありがとうございました!!!」
ふとそんな不思議な英語体験を思い出した朝でした。
おしまい≡⊂( ^-^)⊃♫