かりかりかり。先生が黒板に書きます。
「ひっさんのしかた」
・一のくらいと十のくらいのたてをそろえる
・一のくらいをけいさんする
・十のくらいとけいさんする
小学校2年生になった我が家の息子くんの授業参観でのこと。算数の授業で、筆算の練習が始まったところのようでした。
そうか。筆算って、今では当たり前にできるけど、一番初めはこんなふうに習っていたんだなと、せっかくなので気持ちを小2として、授業の中に身を置いてみました。
子どもたちに、先生はゆっくりとした口調で、ひとつずつ説明します。「一のくらいと十のくらいのたてをそろえるよ」「一のくらいをけいさんするよ」「十のくらいとけいさんするよ」。
32+5=? 45+12=? 53+21=?
みんなでノートに筆算を書いて、考える時間をすこしとる。もちろん、答えはみんないっしょ。ほぼ全員が問題を解くことができます。ゆっくり進むので、早く解けた子どもたちは退屈そうにあくびをしたり、自分の好きなことをしたり。
先生「答え教えてくださーい」
子どもたち「はーい!」
わが家の息子くんも、ぴっと手を挙げてアピール。ちらっと授業を見ているパパママのほうを振り返ります。もちろん見てるよっ。
そうして全員正解のまま、ゆっくりゆっくりひとつのことを学んで、練習していく様を眺めていました。授業でタブレットを使うなど、自分の子どもの頃を用いるモノ自体は違えど、小学校の勉強の進め方はこんな感じだったっけ、となんだからなつかしく思えました。
これは、特に今の小学校の授業の進め方が良い・悪いという話ではなく、何かを学ぶにあたっては、極限まで難度を下げたところから手順をおさえ、繰り返し繰り返し、そしてさらに繰り返し練習することが要るのだと思ったのです。
大人になった私たちが、二桁の筆算を何も考えずさっと解けるのは、きっと大昔にこうしてしつこいくらい練習して身に着けたものがまだ残っているから。なんなら、あまりに練習しすぎて、二桁の筆算は書かずとも頭の中でできますよね。(私はちょっと時間がかかりますが)
小学生のみんなは日々授業を受けて、帰って宿題をして、イヤでも知識が定着する仕組みの中で生活をしています。そりゃあ時間がかかってもアタマとカラダが覚えていきますよね。
授業中、自信まんまんで問題が解けて、「はい!」と答えを発表しようとする小学2年生の彼らが、きらきら光ってまぶしく見えます。
むむむ。私もまた何かを学びたい、ものすごく簡単なところから、繰り返し練習して知識・スキルを身に着けたい。そんな思いがふつふつ湧いてきました。
今取り組んでいる楽器(ドラム・ピアノ)の取り組みを見直したり、ひさしぶりに語学の勉強でも再開しようかな?難しいのはいいや。ものすごくハードルを低くしたところから、もう一度やってみようかな。考えるだけでわくわくしてきました。
こうして授業参観で小学生の子どもたちの学ぶ様子を眺めていたら、ひそかに学ぶスイッチがはいってしまった、一人の保護者だったのでした。
おしまい≡⊂( ^-^)⊃♫
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